シベリア鉄道乗車記


車窓の景色は、同じ広大な湿地が時間を超え、何日も続く様子は私が一番見たかった光景です。



車内にて
ロシア人婦人は親切に荷物の置き場を教えてくれ、席につきましたが英語は全く話せませんでした。婦人はシーツの変え方も教えてくれ、かみ合わない会話が始まりました。
早速翻訳機を取り出し、筆談と音声で会話、尽きることなくコミュニケーションが取れました。エネルギー関係の技術者で、ヤクーツクの山奥から久しぶりに家族の所へ帰るとのことでした。
夕食前だったので、手持ちのアルファー米とドライ卵スープを車内の熱湯でつくり、卵スープの一個を婦人に勧めました。初めて食べたと、喜んでくれました。

イルクーツクにて
私の叔父が終戦時シベリアの捕虜収容所で亡くなっていますので、ガイドさんにもし可能なら日本人墓地を訪れたいと頼んだところ、このリストビヤンカにも有るとのこと、案内して頂きました。
ロシア人墓地の一角に、見事に整備された柵で囲まれ、立派な記念碑と共に死亡者名簿が刻まれ感銘しました。最近も関係者が訪れたのか、新しい花が手向けられていました。
ところで古い歴史的家屋には赤い場所が必ず有り、飾り付けがあります。ロシアでの「赤」の意味は幸せや幸福を呼ぶ場所、赤い女性は美しい人を意味するとのことでした。
赤の広場は「革命広場」ではなく、美しい、幸せを呼ぶ広場とのことでした。展示物の農具、農機具、馬橇は、北海道の開拓記念館の展示とほとんど同じなのに驚きました。


モスクワにて
一日フリーなのでホテルフロントで地図をもらい、カテリーナホテルはモスクワ川の近くなのに気が付きました。さらに、近くに観光船の船着き場がありました。
ホテルで聞くと、歩いて20分くらい、10時ごろの出発だろうとのことなので、早めに行ってみることにしました。
チケット小屋には10時発と書いていたので、船を掃除している船員らしき人に英語で聞いても相手にしてくれません。家族づれらしい一組が来て、やはり船員と何か話していましたが諦めた様子でどこかへ行ってしまいました。
そのうちちらほら人が集まり始め、数人の高校生らしい子供たちに英語で話しかけると、もっと人が集まらないと手続きを始めないだろうとのことでした。
11時を過ぎたころ30~40人位集まり、乗船開始となりました。
2時間で往復500ルーブルでした。やっと出発かと思いきや、30分以上そのまま。やがて別の船が横づけし、乗客たちは皆ボーッと眺めていましたが、一人、二人と別の船に移りました。周りを見ると皆移りそうなので私も行きました。
もちろん、何の指示もアナウンスもありません。
皆が乗り移った頃、船は出港しました。ふしぎの国ロシア。
天気も比較的恵まれ、モスクワ川から見たクレムリン宮殿や教会の数々はお勧めです。しかし、寒かった。






Staff Comment
お帰りなさいませ!
いろいろな方と交流され、本当の意味でロシアを体験されてこられたんだな、という印象を受けました。
シベリア鉄道車中の相席の方々や、町の様子など、読んでいると私も旅をしているような気分になれました。
私たちとしてはガイドさん、ドライバーさんたちの人柄やホテルの様子、そのほか不思議の国ロシアのサービスの様子をお客様の視点から知ることができ、大変参考になりました。ありがとうございました。
頂いたレポートの中から抜粋して掲載させて頂いています。






**********************************
ロシアエクスプレス
ロシアエクスプレス
**********************************